気に入った音楽は、何回でも聞くように、気に入った本があれば、何回も読んでいいと思います。
精読は、じっくり読む、何回も読むことだと思います。
乱読は、たくさんの本を読むことだと思います。
エジソンは、読書家だったようで、多くの本を読んでたようです。
司馬遼太郎は、司馬遷が大好きだったようで、ペンネームは、司馬遷に遠く及ばないと言う意味でつけたようです。
読書が、どうあるべきか?というのは、人それぞれだと思います。
ただ、私は、気に入った本があれば、何度も読みます。フレーズ・言い回し、
何度読んでも面白い話やエピソードが詰まってると思うと、何度も読みたくなります。
知識を増やすという意味では、乱読、たくさんの本を読んだほうが、いいのかな、とも思いますから、
私の場合は、知識を増やすというより、自分の表現や言い回しを増やしたい、豊かにしたいという気持ちがあるのかもしれません。
精読か乱読か、というお話でしたが、それぞれ、やりたいことや感じること、得られることによって、違うがあるのだと思いました。
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