自分を律するため。
世の中にコンテンツが溢れ、ITを駆使した仕事にお金も人気も集中しています。
印刷業界の市場は、先細りの一途で、新聞を含めあらゆるメディアがデジタルに置き換わっています。
そのような中、なぜ経営者は、読書をしなければならないのでしょうか?
今の世の中では、検索すればなんでも知ることができそうなものです。
しかし、検索しても、一番大事な、人と人との関係は、似たりよったり、かつ、明確な回答を得られません。
さらに、答えは、検索すれば、すぐに見つかるもの。と思っていたのに、あまりの時代の変化の激しさに、答えが追いつかなくなっているのです。
読書は、単なる知識では、ありません。
例えば、昭和の大戦中、今日死ぬ、明日死ぬの激動の時代の中で、いかに生きるかの答えを出したプロセスが記されています。
そのプロセスにこそ価値があります。
そして、なぜ、そのプロセスを経なければならなかったのかの考え方やその元となる哲学が述べられています。
そういう考え方や哲学などの、プロセスの種のようなものが大事だと思います。
検索では、答えがどれだけ早く見つかったかと、どれだけ早く解決したかにフォーカスしています。
それでは、思考は短絡な方向へ向かい、安易な答えに依存してしまいます。
すると、自分を律することができず、倫理よりも利益に偏ってしまうのです。
書籍を、単なる情報元、ソースとして扱うなら、読書は、今後、ますます、必要性を失うでしょう。
しかし、読書をすることで、過去のプロセスを学び、種の部分の言葉や生き様を自分の遺伝子のようにすることができます。
経営者は、力を持っています。今後のさらなる激動の時代に、その力を長く役立つものにするためには、読書は、必要です。
力を持つものだからこそ、読書は、しなければならないのです。
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