自分の特別感を捨てる

確かに、自分にとって自分は大切な存在だったりする。

誰よりも特別で、誰よりも大切にされたい。

 

だけど、あからさまに、自己主張の強い人を見ると、違和感が凄い。

マクドナルドの店内で、大きな声で、女性のスタッフを選んで、わざと大きな声で文句を言ってるオジサンを見ると、違和感を通り越して、嫌悪感を抱く。

彼らも、自分が何より大事で、誰よりも自己主張が強い。

でも、誰の役にも立たないし、たかだか、バーガーをどれがいいかがわからないと言ってるだけだ。

 

自分の特別感などは、マクドナルドの大声オジサンとそう変わらない。と思うと、とても、貧相に感じる。

世の中には、貧困を前向きにとらえ、アートやクリエイティブに変換する人もいる。

かたや、このオジサンのように、それほど、貧困でもないかもだけど、女性スタッフの優しさを利用する人もいる。

 

だから思う。

自分の特別感は、一旦は、どこかに、置き去りにするほうが、無難だ。

こういうふうに、書くと、いかにも、自分が、特別感を捨てることができてるように聞こえるが、全くそんなことはない。

少しでも、自分をバカにするような雰囲気があれば、目玉が飛び出そうなぐらい猛抗議するし、

ちょっとでも、軽く見られようものなら、墓場まで、その恨みを持ち歩く。

かくいう、私も、とてつもない、特別感に縛られてるのである。

 

世の中には、自分を捨ててるみたいに言う人ほど、人一倍プライドが高いし、

オレって馬鹿だぜ!と言ってる人に、そうだよお前馬鹿だよなって言うと、ブチ切れられることは、

意外に、いや、相当、多いんだと思います。

 

だからこそ、自分の特別感を捨ててる、捨ててるように見える人は、尊敬できる。

ただ、そういう人も、逆鱗に触れると、ちゃんと、噴火する。

世の中は、なかなか、難しいと感じるのです。

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